「夫婦別姓」なんて、時代遅れじゃないですか?


ハピブラ専門家
プロフィール

大宮冬洋

「夫婦別姓」なんて、時代遅れじゃないですか?

 

連れ子のいる女性と結婚した高校時代の友人がいます。子どものために、法律上は妻の姓を名乗ることにしたそうです。しかし、父親は「誰と結婚しようがお前の勝手だ。だが、うちの名字を捨てるな!」と大激怒。説得するのに大変だったよとウイスキーを飲みながらつぶやいてました。高校卒業から15年。オレたちもいつの間にかこんな渋い話題で飲み交わす年齢になっちゃったね、としんみりした夜でした。

今回は、世間を騒がせている「夫婦別姓」について僕の考えを述べたいと思います。結論から言うと、「子どもがいない限りは同姓だろうが別姓だろうが人間関係の本質に影響なし」ですね。

キレイゴトを言っているわけではありませんよ。僕自身、「結婚したら同姓になるべきだ。夫婦別姓なんてしたら、結婚したという自覚と責任感がわいて来ないだろう」と結婚前は思っていましたから。

でも、妻が夫の姓に変わるべきだとは思いませんでした。リベラルを気取っている男性が「彼女が夫婦別姓論者で婚姻届を出せないんだよ」とこぼすのを聞くと、「この隠れ保守め!」と言いたくなりますね。そんなに結婚したいならお前が名字を変えろよ、と。もしくはジャンケンで決めるべきだと思います。

というわけで、僕は結婚する際に妻の姓を選ぶことにしました。「隠れ保守」な男たちに嫌味を言いたかっただけでなく、浮気性な自分に「お前は結婚したんだぞ」という強い自覚を持たせるショック療法です。

実際に妻に姓になってみると、やっかいなことがたくさんありました。なぜか悲しむ母親の説得から始まって、免許証やパスポートなどをすべて書き換えなければなりません。仕事や友だち付き合いは旧姓のままで続けたいので、時と場合によって名字を使い分けることになりました。例えば、税金や健康保険料などの引き落としがある銀行口座は新しい名字にして、その他の支払いをする口座は旧姓のままにする、などなど。

どちらの名字も本当ではないような気がしてしまい、「ファーストネームで呼んでほしい」なんて友だちにお願いしてしまったこともあります。恥ずかしい!

こんな苦労を通して、結婚への自覚が高まったのかといえばそんなことはありませんでした。不倫こそしませんでしたが、基本的には独身時代のままの行動様式。気ままにブラブラやっています。

会社員の妻との生活パターンがあまりに合わないので、先日からは別居をしています。といっても、それぞれの家は自転車で10分ほどの距離。「別居」というより「離れ」に住んでいるような感覚です。週末はデートしてますよ。このまま婚姻関係が続くか否かはわかりませんけどね…。

いずれにせよ、「わが家庭をがっちり守るぞ!」という気概が僕には欠如しているんですね。結婚してみて気づきました。妻よ、スマン。

振り返ってみると、昔から僕は特定の友だち(親友)とずっと一緒にいることが苦手でした。自意識過剰な子どもだったので友だちがいなかった、とも言えますけどね。

今では妻や兄弟も含めてたくさんの友人がいます。でも、同じ人とだけ遊ぶのは嫌なんです。自分が固定されてしまう気がするから。いろんなところに首を突っ込んで、だけど縛られず、自由に楽しく生きていきたい。

34歳にもなってこんな青臭いことを言っているコドモは、結婚して同姓になったとしても、コドモのままで生涯を終えるのでしょう。三つ子の魂百まで。人の性質はあまり変わらないのですね。実体験として認めざるを得ません。本当は立派なオトナに変身したかったのですが…。

こんな僕だから、あえてキレイゴトを述べますよ。役所に届ける紙っぺら一枚で個人の性質や人間関係は変わらない。変わったとしたら、それは幻想です。「夫婦」や「家族」や「国家」という幻想に寄りかかって生きるのが人間というものかもしれないけれど、本質ではないことは知るべきだと思います。

社会や経済が右肩上がりの時代であれば、幻想だけでも生きられたかもしれません。誰もが酔ったように経済成長の共同幻想を見られたのだから。でも、今後の日本は明らかに右肩下がりのシラフな社会になるでしょう。かつて金と家族幻想で結びついていた夫婦も熟年離婚するケースが増えています。

それぞれの本質が問われる時代を迎えていると思います。自分は何者なのか、どんな人間関係が心地よいのか、何が自分の「幸せ」なのか。真剣に考えて実行せねばなりません。夫婦別姓なんて、時代遅れの議題だと僕は思います。

 

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